ショパコン後記~ルーカス・ゲニューサス編~その2

ルーカス君。前にも書きましたが祖母、父、母、共にピアニスト。

まずは、祖母のVera Gornostaeva ゴルノスタエヴァさんから
ごるの
レッスン中の写真
ピアノで名曲を初め、勿論日本でもおなじみのピアニストです。

そして父のPetras Geniusas ぺトラス・ゲニューサスさん。
petras.jpg
ちょい悪どころでは無く激悪ですね。こりゃあ・・・。
日本にも何度も来日されており今は指揮の活動もされているそうです。
officialhttp://www.musicperformers.lt/vid.php3?lang=en&menu_id=9&at_id=14

母のKsenia Knorreさん(どうやって読むのかわからない・・・) 
ksenia.jpg
officialhttp://www.themuse.gr/competition/Ksenia_Knorre.html

ルーカス君の演奏会は一月の入賞者演奏会で日本でも聴けます。(私は残念ながら聴けません)
本当に行きたかったです。
しかし、コペンハーゲンで3月に演奏会があるらしいので行けるのであれば行きたいです。
本当、切実に聴きたいです。

鍵盤に手が吸いつく感じ。確実な基礎技術を持っているなと感じました。

今日は朝起きたら窓の外は雪景色でした。私の家は郊外なので、本当に景色が綺麗。
見ているだけで癒されます。ただ、冬のフランスは太陽が昼間でもなかなか見る事が出来ません。今日も例によってずっと灰色の空。もともと、小雨や雪、雷、灰色の空などが大好きなのですが、フランスに住む年月が長くなるにつれ、やっぱり太陽を恋しいと思うようになりました。
ロシアは-20度まで気温が下がるというから、一体どんな世界?勿論、太陽なんてもってのほかでしょうね。
そんな暗い中、やっぱり矛先はピアノしかないのかな。
とか、いろいろ想像は膨らむのですが、モスクワ音楽院に行ってピアノの音を聴いてみたい。レッスンを聴いてみたい。遠い夢ですね・・・
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ショパコン後記~ルーカス・ゲニューサス編~

Lukas Geniusas。この人を語るにはかなりの時間を必要とします。
この人は祖母がVera Gornostaevaというあの有名なピアニストで、その昔NHKの「ピアノで名曲を」という番組の講師を務めていました。小学生の私は少しだけ夜更かししながら母とビールと蜜柑で良く見た物です。(母はビールで私は蜜柑を食べながらという意味)
見るうちにゴルノスタエヴァ先生が好きになり、毎週楽しみにしていたのを思い出します。
家に「ピアノで名曲を」のゴルノスタエヴァ先生が表紙の雑誌があります。その頃出演していた生徒さん達、今当に大物になっていますね。自分は蜜柑なんて食べいる場合じゃなかった!汗

最初にLukasuの事を知ったのは勿論このショパンコンクールで。
しかし、オンラインの過去の一次を見てから、「この人本選まで絶対行くだろうな」と思って、密かに応援。
ロシアの大地のような大きくて土臭い、どこかとても暗く、重く、そして男臭い部分も残す、若い部分も。
どこかとても魅力的で吸い込まれていく音楽。
ロシア勢。とても表情がある意味豊すぎて、ちょっと面白い。
しかし、本人は全て分析で音楽を作っているそう。
分からなくもない、絶対ヒートアップしすぎない演奏は、人によっては少し冷たく感じてしまうかもしれません。

そんなルーカスですが、祖父、父、母、全て有名なピアニストなのです。
素晴らしすぎる環境とは裏腹にその重圧はいかばかりな物かと思います。

印象に残る言葉はインタビューでは常に「自分は普通の人間だから・・・・」と答えています。
「自分は普通の人間だから他の幻術にも興味がある。今回はっきり言って1位を獲ろうとなんて全く考えていなかった。朝起きて寝るまでずっと毎日練習練習。このショパンコンクールまでコンクールが続いていてこのままだとコンクールシンドロームに陥りそうだった」と語っています。
そして、「例えコンクールで獲っても祖母の影響だろうと周りに囁かれ、(母もそうだったから)でも、今、母は言われなくなった。自分もそのうち言われなくなるだろうから。必ず」と。
なんて、意味深な発集でしょう・・・。

彼はまだ今20歳。とは思えぬ程の逞しさと、精神力。

彼はSan Marinoのコンクールで2位を獲っていてその時の1位がダニエルなのです。
写真を見ると二人ともとても仲良しみたいです。その前にはソルトレイクのコンクール。コンクール三昧ですね。

ルーカスの演奏聴けます。私は特に3次予選の演奏をお勧めします。
http://konkurs.chopin.pl/en/edition/xvi/video/14_Lukas_Geniusaslukas.jpg

これはガラコンサートの様子。わざとワルツを外してみたり、おちゃらけ満載でした。
これくらいやっちゃってもいいよね。頑張って来たんだもの。と思わずにはいられない。

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最初、一次の演奏前。

lukas3.jpg

本選のコンチェルト。しっかりとどっしりとした演奏。この人は誰に媚びる事も無い芯が強く、温かい演奏もする。もう逃げ場の無い立場も何故か痛いくらい伝わってしまう。

今この時期は、入賞者は皆そうですがヨーロッパ各地で特にワルシャワで演奏会が行われています。
モスクワに帰ったのもつかの間。ばたばたとヨーロッパを弾き渡り、機会があれば私も駆けつけて実際生で聴いてみたい。と思っていたのですが、先週の演奏会はルーカスは病気で演奏会キャンセルとの事。よっぽどだったのでしょうね。どんなにか、大変な思いをしてきたのでしょうね。
ワルシャワは沢山のコンテスタントの思いを残して、今はもう冬が来ています。
黄金の季節はあっと言う間に終わり。
切ないですね。

Luksa geniusas

1990年 7月1日モスクワの音楽一族の家に生まれる。
モスクワ音楽院でヴェラ・ゴルノスタエヴァに師事。
2010年 ショパンコンクール第2位入賞。2次での演奏にポロネーズ賞

official
http://www.musicperformers.lt/vid.php3?lang=lt&menu_id=3&at_id=214

ショパコン後記~コ―リャこと二コライ王子編~

皆さんはコ―リャという天使をご存知でしょうか?
はい。そうです。ここからは、暫くお宅的ブログが続くのでご了承下さい。
あの、ショパンコンクールで一次予選最高得点を記録したロシアの天使です。
一次のノクターン。
誰もが目?耳?を疑った彼は若干18歳。音楽がただニコライ君に降ってきた。そんな演奏。神の子ですね。
その頃からネット上での騒ぎは凄まじかったです。

71178_143946968985621_1107309_n.jpg
Nicolay Khozyainov

私は彼の一次はリアルタイムで聴く事が出来ず、(というか存在に未だ気づいていず)後でyou tubeでアップされているのを聴いたのですが・・・驚きに驚いてド肝を抜かれました。
「こんな人がごろごいるのかな?」と思い他を調べてみるとどうやらそうでも無い様子。
この青年(少年?)がこの音楽性と音とテクニック・・・。あっけにとられました。
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2次、3次と進むにつれ疲れも出たのかミスが目立ちましたが何のその。それに勝る物を持っているから。
ミスする度に、心臓に悪く、どきっとしながら応援していたのではなかろうかと全国のニコライファンの皆様。
特に本選では、なんでニコライ君の時に?というかのような停電のアクシデント。
それでも、めげずに弾いていて本当に逞しかったです。素晴らしい!
そしてヤマハを選んでいたのも、無難に良い選択でした。もっと大人になって体も2位のルーカスみたいに大きくなったらスタィン・ウェイを綺麗に使いこなせる日をいつか聴いてみたいです。
本選のすぐ後のマスコミに対するインタビューは殆ど受け付けておらず、早く終わらせたいという様子でした。
他の受賞者とは年齢も離れている事もあってほぼ、一人行動?のようでした。
ピアノ以外ではぼそぼそとしゃべる元はやはりネクラタイプ?

あんなに良い演奏をしたのに、やはり本選のミスが祟ったのか、入賞もならず。
誰もが確信していた優勝者には、ちょっと厳しすぎるくらいの判決だったのではと思います。
入賞くらいね・・・
表彰式に、隅に座っていたニコライ君。どんな気持ちだったのでしょうか。
若いから、やっぱりすぐ前向きに、来年のチャイコフスキー期待しています。
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ニコライ君、発スーツで登場。18才という年齢は若いし子供だと思われがちですが実際日本で考えてみると大學1年生?結構精神的に大人の部分もあったかと思います。今と対して変わらないところもあると思うのです。だから大人な子はその頃から大人なのでしょう。

ショパンコンクールのサイトで演奏が聴けます。
http://konkurs.chopin.pl/en/edition/xvi/video/31_Nicolay_Khozyainov
コンチェルトの3楽章では最後のスパートで本人のテンポで前向きにどんどん行きたいと約束をしていたらしいです。その部分になると指揮者と目配せしているのが良く分かります。ですが、逆効果でした・・・


Nicolay Khozyainov

1992年7月17日ブラゴヴェシチェンスク(ロシア)生まれ。現在18歳。
モスクワの音楽院でミハイル・ヴォスクレセンスキーに師事。
2008年パリのスクリャービン国際コンクールで優勝、モスクワで行われた若いピアニストのための第6回ショパン国際コンクールで2位に入賞するなど優秀な成績を収めている。
ロシア、ドイツ、ポーランド、チェコ、アメリカ、南アフリカでリサイタルを行うほか、ロシア国内のオーケストラとの共演を行っている。



ディナン後ジュリアンのレッスン

ディナンが終わって連日のフェットが終わりいよいよ切り替え時です。(遅いかな)
一昨日ジュリアンからの電話で「今からレッスンしよう」って。
はい。いつものね。思いだしました。この感じ。
ディナンでつかの間忘れていた。この人の性格。
「無理。もう少しさらってからでないと。」
っと返答したものの、
「じゃ、明日ね」
って一日しか変わらないし。

でも、やっぱり話さなきゃいけない事が沢山あったので、行くことに。
そして鬼さらいましたが一日で・・・。
何か?

そして今日初めてオーヴェルビリエに降り立ちましたが・・・・とても怖い所ですね。
最近怖い人や光景を見る事が多いので、かなりびびってしまいました。
帰りのメトロでも隣に座ったおっさんがスリをしていました。
(普通に書いてますが、結構ありえない)
がなんとか、学校に辿りつき、レッスンは短いけど濃い~、ものでした。

そして「ディナンの事とこれからの事話したいからカフェ行く?」という事で
カフェへ。しかし、話が結構沢山あり止まらなく二件目へ。
いつも親切すぎるくらいな先生で、この人の行き先心配です。

ですが、いろいろ話し、なんと2012年ジュリアン初来日です。詳細はそのうち発表します。
今から考えるだけでも楽しみ・・・!

どうか日本の人達の耳に届きますように。
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dinantを終えて

先日、ベルギー、ディナンで行われたサクソフォンの国際コンクールを受けて来ました。
結果から報告しますと、一次落ち・・・。

ここまで私なりにいろいろな事がありました。
このコンククールはサクソフォニストにとって4年に一度の最大のチャンスを手にする機会。
誰しもが、必死で、頑張って、練習して、病気になったりして、緊張して、こんなの当たり前です。
厳しい世界だけれども。

このコンクールは洗足大学の入学時に、私の母が「原博巳さんがディナンで一位獲ったよ。すごいね~」と言っていて、「あんた教えてもらえば?」という感じで、私にとってずっと憧れのコンクールでした。(後々、原先生の門下生になるのですが)

ディナン。ディナン。ディナン?
てなんだ?

という所から始まり、原先生の門下生になってからもいろいろなお話を聞かせていただいたり、冨岡先生のお部屋でディナンのCDを借りては聴き、ふむふむヴァンソンでもデュボワで落ちたりするのね。などと、いつもイヤフォンでぼんやり聴きながら、あの頃そのヴァンソンの音が好きでした。

原先生がディナンで優勝された時の本選の録音を頂いて、聴く度に、わぁ~っといつも気持ちが高鳴りました。


そして大學3年の頃にパリで行われた講習会に参加し、4年卒業と同時にパリに留学し、今年で4年目を迎えようとしています。早かった。
留学や小さいコンクール、学校での試験などいろいろな事があったけれど、今回のディナンのコンクールはやはり自分にとっても大きな節目となりました。
私はもともと不器用で、人一倍、二倍、努力しないと出来ないタイプです。
サクソフォンは運指がとても簡単と言われていますが、私にはとても難しく、いつも、工夫して乗り越えています。
今回は特にそう。一次の課題のゴトコフスキーも又、二次のコテカンも。
指が地獄絵図ではないですか。


実はこのコンクールの前にショパンコンクールがあり、それから随分練習のヒントを貰いました。
ピアニストは考えられない程の練習のヴァリエーションがあります。
それは目で実際指を見れる楽器だから、指に命令しやすいのです。どこのポジションに持っていったらよいのか細かく理解出来る。サクソフォンとはかなり違う所。置き換えてみると、鏡を見て練習したり、メトロノームをかけて嫌な拍だけを抜粋して吹く。等。
口で言う。指だけ。ダブル。裏拍を取る。その裏を取る。
ジュリアンのレッスンで泣いてしまった時も良いアドヴァイスをくれ、あらゆる練習の方法を試しました。
もう今日やった練習は二度としない!と心に決めて毎日違う事を試しました。

コンクール前に、寛絵ちゃんにチェックして貰ったりして「口の中の容積が大きいよ。」等、何???ここに来て基礎的な事を疎かにしていた?笑
寛絵君、ありがとう!
伴奏をお願いしていた、ふみえさんにも「頑張りなさい」と
いつも励まして頂いて、本当にありがたかったです。上の人たちの実力は分かっています。
だからこそ自分にはもう必死で頑張る事しか残されていなかったので。

一次での演奏はミスはあったもののとにかく息を通して、前向きに演奏しきろうと決めていたので、その通りなんとか。しかし、私の様な人にとってはミスは命取り。彼らは極端に家言えばたとえ2、3小節吹かなくても、確実に通るでしょう。そんな実力。

今回入賞した人達はパリ音組とロシアの変態二キタとエヴゲニー。
こちらにいると時々彼らの演奏を聴く事が出来ていつも大変勉強になるのですが、だからこそ、もうこれは目に見えてた結果だったと言っても過言ではありません。
私は何回も辞退したいと思ったけれど、(だってあまりにも彼らは上手すぎるから)追いかけても追いかけても追いつかない。でも、もがきたくて。

今思う事。あきらめなくて良かった。と思います。


あるピアニストが言っていたの言葉らしいですが、

「うさぎと亀のお話は、うさぎが途中で休んだから亀が勝ったのよ。

だけど、普通はどんなうさぎも休んではくれないのよ。」


自分は亀だけれど、少しだけ進めたかなと。
パリにいて、パリ音生の演奏をいつも聴けて、憧れだった自分。頑張ってきた方向は間違ってなかったと彼らの入賞を前にして正直嬉しかったです。
心からおめでとう!

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自宅の練習室
プロフィール

塙美里

Author:塙美里
塙美里(サクソフォン)茨城県出身 

高度な技術を伴い、謙虚なひたむきさと情熱を持つ先進的なコンサートサクソフォニスト。2007年前田記念奨学生奨学金を授与され渡仏。2008年U.F.A.M国際音楽コンクール室内楽部門を審査員全員一致の第1位で優勝。(フランス)併せて審査員特別賞受賞。2011年レオポルド・ベラン国際音楽コンクール第1位受賞。2010年第8回パドパ国際音楽コンクールヴィルトゥオーゾ部門ディプロム取得。(イタリア)2011年第3回スタンジェル国際音楽コンクール第3位受賞。(スロベニア)その他、海外の様々なコンクールで入賞。フランス国立セルジー・ポントワーズ音楽院をサクソフォン科、室内楽科、共に最優秀の成績で卒業。カンブレ音楽院最高課程を審査員満場一致の称賛付きの首席で卒業。パリ13区モーリス・ラヴェル音楽院室内楽科で研鑽を積む。2010年にカンブレ音楽院教授ジュリアン・プティ氏の助手を務める。これまでにサクソフォンを原博巳、ジャン=イヴ・フルモー、ジュリアン・プティ、クリスチャン・ヴィルトゥ、ベアトリス・レイベル女史の各氏に師事。



その独特の煌びやかな音色と独創的な音楽性で国内外のリサイタルは満員の会場を湧かせている。所有するレパートリーは計り知れない。 ダニール・トリフォノフ氏(2011年チャイコフスキー国際コンクール優勝、グランプリ受賞)、フランス人作曲家A.ナルボーニ氏による日本初演作品を発表。現田茂夫氏指揮、日本センチュリー交響楽団とJ・イベールの協奏曲を大阪ザ・シンフォニーホールにて共演。ウィーンフィルの拠点の楽友協会にて現地のオーケストラとサンサーンスの序奏とロンド・カプリチオーソを共演。NHK-FMリサイタル・ノヴァ、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンに出演。アメリカ、ヨーロッパ各地、アジア各国でソロ・リサイタルを開催。

現在、尚美ミュージックカレッジ専門学校コンセルヴァトアールディプロマ科講師。





2014年10月にオクタヴィアレコードより待望のデビュー・アルバム「エディット・ピアフを讃えて」をリリース。(世界初録音収録曲有り)発売日に予定枚数を完売し大きな話題を呼んだ。

塙美里公式ホームページ
http://misatosax.wix.com/misatosax-
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